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怪盗ゲイル 6



  下を向いたまま、ヘンリーはささやくように言った。
「君には気の毒なことをした。 メアリにも。 僕にできることは、何でもするつもりだ」
「君もレンフィールドの被害者じゃないか。 お互い様だよ」
  とぼとぼと居間を出かかったところで、ヘンリーは振り返った。
「アラン。 メアリとの結婚を許してくれるか?」
  アランはまばたきした。
「あいつがいいと言えば、俺は反対しない」
「ありがとう!」
  なんだか急に明るくなって、ヘンリーは階段を駆け上がっていった。
 
  残された二人に、ぎこちない空気が流れた。 アランはわざとらしく伸びをして、独り言のようにつぶやいた。
「さて、さすがに俺も疲れた。 寝に行くとするか」
「待って」
  ジェニファーは一歩踏み出したが、迷って立ち止まり、願ったのとは別のことを口にした。
「おばさまの金庫から盗んだのは、本当はどっち?」
  アランは眉を吊り上げた。
「わかってるんだろう? メアリさ。 あいつがぐっすり寝入ってる奥方の引き出しから鍵を取って、ちゃんと金庫を開けて盗んだ。 夜中にこじ開けたりすれば、いくら呑気なマグダ夫人だって、目が覚めて飛び起きるぐらいの音が出るんだぜ」
「大きな靴をはいてわざと庭を走り、塀を乗り越えたのもメアリね」
「そうだ。 華奢に見えるが、メアリの筋肉は鋼鉄みたいなんだ。 だからヘンリーに体をさわらせなかったんだ。 とうてい普通の娘の腕じゃないから」
「後の細工はあなたがした」
「そのとおり。 奥方が盗難を知って、あわててダンナのところへ飛んでいくのを見越して、手鉤を投げたり金庫をこわしたり。 5分でやってのけたよ」
「つまり、怪盗ゲイルは一人じゃなかったのね」
「初めから二人で一組。 だから捕まらなかったのさ」
  熟練した曲芸師が二人で組めば、何だってできる。 ジェニファーは兄と妹の絆の深さを思い知った。
  気がつくと、アランは部屋を出ていこうとしていた。 それを見た瞬間、ジェニファーの中で何かが爆発した。
  夢中で走り出して、背中から彼を抱きしめていた。 熱いものがが頬を伝って流れた。
「待って!」
  アランはわずかに体をよじった。
「一時間の、いや、30分の恋人だろう?」
「ちがうの!」
  ジェニファーは喉が詰まった。 涙で男の背中が見えない。 声を途切らせながら叫んだ。
「あなたが好きなのはメアリだと思っていたから、だから……」
「なんで俺なんかを引き止める」
  アランの声は低かった。
「もうあんたは自由だ。 男はいくらでも寄ってくる」
「私は……私は!」
  ジェニファーは崩れ落ちそうになっていた。
「初めからあなただったの。 もう会えるとは思っていなかったんだけど、一週間前にここに来たあなたを見て、ああ、奇跡が起きたって……」
  泣きじゃくるジェニファーの脳裏には、8年前、真っ白な彼女の寝室で逃げ場を失って、驚くほど澄んだ青い眼でまばたきもせず見返してきた少年の面影が焼きついていた。
  また体を動かして、アランはささやいた。
「放してくれ」
  「いや。 このまま行ってしまうつもりでしょう。 わかってるんだから」
  アランは唇を噛んだ。
「どうして、昔泥棒に入った小僧と俺が同じ人間だとわかった。 あのころはろくに食えなくて、あわれなほど痩せていたんだ。 ずいぶん変わったはずだ」
「眼は変わらない。 忘れな草みたいなそのきれいな眼は。 あのときあなたは言ったわね。 助けてくれるとは思わなかった、一生恩に着るって」
「だから行くんだ」
  ほとんど聞こえない声だった。
「俺とかかわっちゃいけない。 君は幸せになるんだ」
「あなたなしでどうやって!」
  男はふるえる息を吸いこんだ。
「いいかい、お姫様。 この世は御伽噺じゃないんだ。 身分違いの恋は……」
「恋って…… アラン、私が好きなの?」
  ジェニファーは息を呑んだ。 アランはぎゅっと眼をつぶった。
「よせよ」
「ねえ、もしかして私が好き?」
  大きく男の胸が膨らんだ。
「……ああ」
  とたんにジェニファーはアランの前に回りこんで胸に身を投げた。
「じゃ、行かせない!」
「おい」
「聞いて! 私はまだ19よ。 新しい後見人が要るわ。 それが結婚相手だったら」
「おい!」
「あなたは頭がいいわ。 決断力もある。 私の財産を有効に使って、倍にも三倍にもしてくれる人だわ」
  アランは思わずつぶやいた。
「まだ財産を増やす気なのか?」
  ジェニファーは笑った。 マグダが見たら腰を抜かしそうな、無邪気で明るい笑顔で。
「もちろんよ。 私はウィリアム・ソーンダースの娘なんだから!」





 

《読んでも読まなくても大差ない後記》

  犯人は、おわかりでしたか? 事件が2つで、両方の犯人合わせて3人というのは、この少ない登場人物ではキビシイですよね。
  だから、怒っていらっしゃる方もいると思います。 でもたぶん、アランがあやしいと感じた方は多いでしょう。
  彼は1つヘマをしています。 マグダ夫人の金庫を犯行後に壊したとき、やりやすいようにタペストリーを紐でしばって、ほどくのを忘れていました。
  メアリもです。 マグダ夫人の部屋に手鉤で入ったと見せかけてロッキングチェアーを投げ落とした後、鍵を使って廊下に出て、また鍵をかけたのですが、この部屋の鍵を使えるのはメアリとマグダ夫人だけなので、普通の夜ならよかったことも、雪の夜ではアリバイ工作になりません。 アランに鍵を渡したと仮定しても、共犯だとばれてしまいます。
  なお、トラファルガーの戦いは10月21日に起こったので、まだ雪が降るには早いかなとも思ったのですが、まあイギリスはこっちより寒いだろう、ということで。 変だったら大雨に書き直して、ぬかるんでいたことにしても。(いいかげんです)


  楽しんで書いていたので、もしかしたらアリバイなど大ボカをしているかもしれません。 作者の《犯行》を発見なさったらぜひお知らせください。 恐れながら待ってます。






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