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≪ 3 ≫


 加納家は、江戸後期150年ずっと、名主として村をまとめていた素封家で、今でも二重の門構えを持ち、堂々たる風格だった。
 門の前でバイクを止めて相太を下ろした後、真琴はそのまま帰ろうとしたが、不意に相太に手を掴まれて動けなくなった。
  斜め右上からふりそそぐ月光のもとで、相太は真琴のもう片方の手も握って、両手を手のひらに包んだ。 そして、せきこむように告白した。
「あの、どうしようもなく好きなんだけど」
  まだ会って2日目だよ、という突っこみを、破裂しそうな喜びが吹き飛ばしてしまった。 真琴は初めて恋をした小学生のように、間抜けた声で答えていた。
「私も」
  2人は一瞬見つめあい、それから夢中で抱きあった。

  5回もキスしてしまった。 首が痛くなってきたので、真琴は相太をくるりと回して屋敷の方角に向け、背中をポンと押しやった。
「さあ、もう行かないと」
「君も来て」
  すばやく囁くと、相太は彼女の手首を掴んで、さっさと玄関を入っていった。

  倒木、兜、キジの剥製、それにサケをくわえた熊の木彫りがドンドンドーンと並んでいる広い玄関に、模様つきの割烹着を着た中年女性が出てきて、頭にバンソー膏を貼った相太を見ると声をあげた。
「まあ、谷山さん、うちのバカ孫がとんでもないことをしてしまって!」
  相太は落ち着いて言った。
「僕は谷山じゃないんです。 護口といいます」
「えっ?」
「こみいった事情がありまして。 話を聞いていただけますか?」
「え……ええ」
  あたふたと、女性は相太を中に入れた。 どうしても彼が手を放そうとしないので、仕方なく真琴も靴を脱いで、彼と並んで上に上がった。

  相棒はもう和室に入り込んでいて、掘りごたつに座り、くつろいでいた。 相太は彼をにらむと、怒ったように言った。
「何も話さなかったのか?」
  相棒は平気な顔をしていた。
「俺はおまえについていけと言われただけだから。 おまえの口からちゃんと話せ」
  やむなく、相太は座布団を外してきちんと座ると、床の間を後ろにして仏頂面で座っている当主らしい初老の男性に一礼した。
「護口といいます。 きのう谷山晋吾(たにやま しんご)の代理としてこちらに伺うはずだった者です」
「代理?」
「はい」
  相太は悪びれずに話し出した。
「谷山は一週間前までは縁談に乗り気だったのですが、おたくのお嬢さんがあまり喜んでいらっしゃらないと知り、アメリカから帰ってこないと言い出しまして」
  緊張気味で声が途切れたが、何とか最後まで言い終えた。
「こっちから申し込んだ話ですから勝手に断わるわけにもいかず、会社で一番晋吾さんに似ている僕が行くように言われたんです」
  客間にいた全員(相棒を除いて)が、唖然となった。
  当主である拾五郎の顔が赤くなった。
「じゃ、婿さんが帰ってこないから、君に結納金を持たせてごまかそうと」
「帰ってくる気はあるんです。 大いにあるんですが、葵(あおい)さんが嫌なら無理にとは言いたくないと」
  そのとき、襖が開いて娘が一人、入ってきた。
  思わず見とれるほどの美人で、失礼ながら拾五郎の血が入っているとは信じられなかった。
  相太を観察しながら、娘は言った。
「私が加納葵です」
「どうも」
と口の中で言って、相太は小さく頭を下げた。 葵も同じことをした。 そして言った。
「本当にあなたに似ているんですか? 谷山さんは」
「はい」
  すると葵はうれしそうになった。
「見合い写真なんて、修整してるのかと思った」
  そして、ぎょっとなっている相太の前に座り、明るく言った。
「会ってみたくなりました。 帰ってこなくていいです。 私がアメリカに行きます」
「はあ?」
  期せずして相太と相棒の声がそろった。 だがもう葵はうきうきして、さっさと廊下に出ていった。 やがてハミングが遠ざかっていくのが聞こえた。

  来る来ると言っていた台風が他所を通ったような気分で、部屋の人々はなんとなく顔を見合わせた。 拾五郎はそのときようやく真琴に気がついて、相太に尋ねた。
「その人は?」
  とたんに相太は顔中を笑いに崩して答えた。
「婚約者です!」

  姉をかばって縁談をぶち壊そうとした少年――藤哉という名前だった――は、さんざん叱られたあげく、使い込んだ12万円をバイトして返すことで話がついた。 拾五郎は相太に詫び、治療費と慰謝料として20万円を渡した。

  相棒――こちらは、どうでもいいが松本領一という名前だった――は、付き合ってられないよ、というセリフを吐いて、9時12分の最終バスに乗って一人で帰ってしまった。
  だから相太は再び真琴のバイクで駅に向かった。
  顔にまともに風を受けながら、相太は事情を説明してくれた。
「あの大根畑ね」
「うん」
「うちの会社は、あそこに精密機器の工場を建てたいんだ」
「ああ」
「ここらへんは水がいいしね」
「そうね」
「でも拾五郎さんは土地を売りたくない」
「そうか」
「孫と孫が結婚すれば土地を手放さなくていいでしょう?」
「そうね」
「だから話が進んだんだけど」
「わかった」
  葵が相太に似た谷山晋吾とうまく行くといいな、と真琴は思った。
  そのとき、気付いた。
「ねえ」
「ん?」
「護口さんって普通のサラリーマン?」
「そうだよ。 相太って呼んで」
「じゃ、あのカードは?」
「あれは借りたの。 晋吾さんらしく見せるためにね。 だから1500万より、あっちがなくなってなくてほっとした」
  笑い声が風に飛んだ。
「あれがあったからさ、本当のオヤジ狩りじゃないってわかったんだ。 ふたりがかりでボコボコにして、上着まで取ってったわりには、ポケット探らないんだもんな」
「本物のワルじゃないんだ、あの子たち」
「まあね」
  そこでふっと相太の調子が変わった。
「ねえマコちゃん」
  マコちゃんだと? 真琴は少し引いたが、そう嫌でもなかった。
「なに?」
「マコちゃんのうち、どこ?」
「へ?」
「帰りたくなくなっちゃった。 泊めて」
  おいっ
  だが口は勝手に答えていた。
「いいよ……」
  すると相太は背後から力いっぱい抱きしめてきた。
  そして言った。
「生まれ月は何月? 明日は土曜だから、もし時間があったら、2人で指輪買いに行こうね」
  えらいスピードだが、実は真琴もしっかりと、このもてそうな男を確保しておきたかった。 普通のサラリーマンだという話だし。
  だから訊いた。
「それってプロポーズだよね」
  相太は答えた。
「もちろん!」




【おわり】


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