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花の冠
1
うっそうとした森には狼がいる。
エイギュイユの森は、子供の脅し文句に使われるその言葉に、まさにぴったりだった。
小川に近い縁のほうには短い道ができているものの、少し中へ分け入ると、そこは太古のままの自然。 寿命の尽きた倒木を苔が覆い、年輪を重ねて折れ曲がった太い枝が網のように上空を埋め、得体の知れない灰色の宿り木がそこここに垂れ下がって行く手をはばむ。 麦の穂が緑の海となってたなびく平野とは別世界だった。
御者は、スカーフを鼻まで持ち上げ、マントをしっかりと体に巻きつけて、馬を急がせながら呟いた。
「早く通り抜けるにかぎる。 あと半日だな」
馬車の中から声がした。
「どうしたの、ロラン? 道を間違えた?」
「いえいえ」
驚いて、御者のロランは答えを返した。
「お城まで三リーグぐらいかなと。 夕方には着きますよ」
「よかった!」
馬車の声が明るくなった。 侍女たちのざわめきも聞こえた。
「ほっとしますねえ。 はやく手足をゆったり伸ばしてくつろぎたいです」
「あら、シャルロットが本当にしたいのは、クリスティアンに会ってキスすることでしょう?」
わっと笑いがはじけ、馬車の後ろで供をしている二騎の武者も、白い歯を出して微笑を交わした。
みんな、ほっとしていた。 家に帰るのはいいものだ。
だが彼らは、横に森という別世界がまだ続いていることを忘れていた。
道に大きく張り出した大木のそばを通りぬけようとしたとき、いきなりロランははじき飛ばされた。 そして、どすっどすっとという音と共に、覆面をした男が二人落ちてきて、御者席を占領した。
最後尾を守っていた二人の護衛は、急いで馬に鞭をくれた。 しかし、スピードを上げようとしたとたんに森の中から長い枝が突き出されたため、ぶつかってひとたまりもなく落馬してしまった。
異変を悟った馬車の窓から、おびえた顔が覗いた。
「ミシェル! マックス! どうしたの? 何が起きたの?」
答えはなかった。 馬車を乗っ取った男たちは、素早く手綱を掴むと、道を斜めに外れて、深い森の中へ突入していった。
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