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14


 シメオンは知っていたに違いない。 少なくとも夜の騒ぎを聞きつけてはいただろう。
  だから翌朝、ブレーズが下に降りて頭を下げて挨拶したとき、覚悟を決めた表情で振り返った。
「あなたが音に聞こえたブレーズ卿なんですな」
  後から階段をすべるように下りてきたミリアムが、そっと付け加えた。
「それに、お父様を助けた巡礼でもあるの」
  シメオンの喉から、ヒュッという音が漏れた。

  昼前には、男2人は何杯もワインを酌み交わし、すっかり打ち解けた仲になっていた。 シメオンの気持ちが落ち着いたところで、ブレーズはグラナダ行きの話を切り出した。
「あちらの王、ムハンマド・ボーブディルは信仰の自由を許しています。 税金さえきちんと払えば後は何をしても許されるのです。 もちろん手広く商売もできます。 いかがですか?」
  シメオンは唇をなめ、数秒間考え、心を決めた。
「行きましょう」
  目に見えてほっとしたブレーズに、シメオンは言った。
「考えてみれば三国一の婿どのだ。 手放すわけにはまいりませんよ」

   一週間後、隊商がローダムを出発し、ランカスターの港に向かった。 異国風の身なりをした一行の中で、飛びぬけて背の高い男がふたりいた。 そのうちの一人は、口笛を吹きながら見事な黒馬の手綱を引いていた。
  後から追いついたもう一人は、裾を長く引いた東洋風の身なりをしていたが、鋭く光る灰色の眼はアジア系には見えなかった。
  後から来たほうの男が前の男に尋ねた。
「本当についてくる気か?」
  前の男はのんびりと答えた。
「山の向こうだってごろつきはいるでしょう。 お守りしますよ」
「酒飲んで寝ているほうが長いんじゃないのか?」
「それもまたいいじゃないですか。 あっちの酒はうまいのかな」
「知るか!」
  苦りきって、ブレーズはつぶやいた。
「俺の大事な剣とブーツを売り払って、盗賊と山分けしたんだってな」
「あいつら結構いい奴らでしたよ。 ちゃんと計画どおりやってくれたし」
「約束の倍の金を手に入れたんだ。 やって当然だ!」
「まあまあ。 これからもこのアンガスが下々とうまく付き合ってお助けしますから。 どうぞお楽しみに」
「ああ」
  ブレーズは頭を抱えた。

  隊商の一行は静かに道を歩き、遠ざかっていく。
  馬を並べてその光景を見送っている若い男女が、丘の上で風に吹かれていた。
  手をかざして日光をよけながら、エニッド姫はつぶやくように言った。
「顔とお腹が全然ちがうおべっか使いが多いけど、ミリアムはいつもまっすぐだった。 幸せになってほしいわ」
「しかしあの男も大胆なことを」
  エドワードがぼそっと言った。 エニッドはちらっと新婚の夫を見やった。
「できれば自分もやりたかったんでしょう」
「えっ?」
  あせって、エドワードは何もない空を見上げた。 エニッドは苦笑した。
「駆け落ち。 でもそんなことさせないわよ。 あなたは私のもの。 絶対離さないから」
  心なしか、エドワードの体が、少し縮んだように見えた。


the end




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