エフゲーニは楽しい踊り相手ではなかった。 ダンスが下手というわけではないのだが、いかにも身が入らない様子で、ターンするたびにちらちらと壁際をうかがい、母親の姿ばかり探していた。
うんざりしながら、ターニャは候補者三人の条件を改めて思い浮かべた。 ミハイルはまだ会ったことがないが、会うまでもなく、およそ面白くない勉強の虫タイプだと思われた。 おまけに人の噂では、非常に度の強い近眼で、渦巻きレンズの丸眼鏡をかけているそうだ。
何が嫌いといって、丸眼鏡ほどターニャの嫌いな日用品はなかった。 分厚いレンズ越しににらみつける教育係、フリッツ・ボルグのせいでトラウマになったのかもしれない。 フリッツは口を開けば文句を言った。 ターニャが一応お姫様としての礼儀を身につけたのは、フリッツのスパルタ教育のおかげだが、それでも感謝する気持ちにはなれなかった。
―― 一生あいつみたいなのにぶつぶつ怒られて過ごすなんてまっぴら。 その点、この気弱そうな男なら威張り散らさないかもしれない。 母親のマリア夫人と仲よくできればの話だけど―
ターニャは頭の中でエフゲーニとミハイルを盛んに比べていた。 もう既に、ドミトリーは完全に圏外だった。
ドミトリーはいらいらしながらカドリールを見守っていた。 絶対の自信を持って臨んだ舞踏会だったのに、ターニャ姫は彼が手を離したとたんにエフゲーニにすがりつきそうな勢いでつかまり、踊りの輪に入ってしまったのだ。 いくら自信過剰のドミトリーでもわかった。 ターニャ姫はどうも、彼に好感を持っていないらしいのだった。
そんなバカな、とドミトリーは首をかしげた。 振ったことはあっても振られたことはない。 正確に言えば昔に一度だけあったが、もう記憶もあいまいだった。
じっくりと落としてみせる、という時間の余裕はなかった。 エリタニア議会の秘密決議では、姫が勝手に恋を見つける前にとっとと結婚させろという命令が出ていた。
こうなったら、少し汚いが最後の手段だ。 何くわぬ顔で、ドミトリーはアンドレイ大公に近づいて耳打ちした。
「あの、ここでは打ち解けてお話ができないので、控えの間までお嬢様をお連れしてかまわないでしょうか?」
アンドレイは鉄仮面のような無表情で囁き返した。
「よろしい。 紫の間にしなさい。 あそこには座り心地のいい長椅子がある」
「はい!」
ドミトリーは笑顔を浮かべ、舌なめずりしそうな勢いでダンスの監視に戻った。
グランド・カドリールが終わると、人々はほっと肩の力を抜いて休憩に入った。 この正式な踊りは両隣の相手と交互にステップを踏むため、間違えないように気を遣うのだ。 曲が終わるとすぐにエフゲーニが母の元に逃げ帰ったので、手持ちぶさたになったターニャは、幼なじみのリューラ・ジュレンスカヤ子爵令嬢を見つけ、喜んで歩み寄った。
「リューラ!」
「ターニャ!」
「お元気? とてもよくお似合いだわ、そのイヴニングドレス」
「あら、ターニャこそローズ・カラーの繻子〔しゅす〕で豪華そのものね。 その襟飾りはテネリフ・レース?」
「ええ、たぶん。 専属のドレッサーが仕立ててくれたから、私にはよくわからないけど」
なんと上すべりな会話――ターニャはこの種のお世辞合戦が大嫌いだった。 それでもドミトリーに話を独り占めされるよりいい。 我慢して五分ほど付き合っていたのだが、その間ドミトリーも耐えていたらしく、ついにたまりかねたように二人に割り込んで、リューラに甘い微笑を向けた。
「ごきげんよう、リューラさん。 フィアンセのボリスがさっき向こうに見えたようでしたが?」
とたんにリューラの頬が桜色に染まった。
「え? もう着いたのかしら。 ごめんなさい、ターニャ、私ちょっと」
「どうぞ。 ハンサムないいなずけによろしくね」
仕方なく、ターニャはリューラが慌しく人ごみを縫っていくのを見送った。
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