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面影 93
元日の朝ぼらけに汲んだ若水で手水〔ちょうず〕を使い、進藤とゆき子は座敷で、お初やお明、それに賀川たちは続きの間で、賑やかに雑煮を食した。
それから一同は外套や被布を着込んで、滝山町の神社へと初詣に出かけた。 店が閉まっているため街筋は静かで、行き交う顔見知りの挨拶がくっきりと響いた。
「明けましておめでとうございます。 またお若くなりなされましたなあ」
笑顔と共に人々が残していくその挨拶には、正月でまた一つ年を取るという感慨が篭められていた。
「天気が上々でようございました」
お初が新しい羽織の袖を自慢そうにひらひらさせて、ゆき子に話しかけた。 その羽織とお明の晴れ着は、ゆき子が年明けのご祝儀として二人に与えた新品だった。
「本当に、きれいな青空」
まともに見上げると冬の陽でも眩しく、ゆき子は自然に目を細めた。
そのときだった。 横をすれ違った二人連れのうち若いほうの男が、声を高めて言うのが聞こえた。
「近ごろは女でも勝ち馬に乗るか。 どこまでも曲がったご時世だな」
ゆき子は上げた顔を斜めに落として、過ぎていく男を見定めようとした。 彼は、歩き去りながら、じっとゆき子に眼差しを置いていた。
凛々しいというよりも、綺麗な顔立ちだった。 利発そうな大きい目が胸に食い入ってくるようで、ゆき子は反射的に口元を引きしめた。
すぐわかった。
――この人は私を見知っている――
まったく男に覚えがないのに、そのことだけは確実に悟った。
だが、ゆき子は足を止めなかった。 すぐに顔を背けて、相手の執拗な視線を断ち切った。
彼がどこの何者か、知りたいとは毛筋ほども思わなかった。
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