表紙

面影 91


 冬の最中だというのに暑がっているその女こそ、綾乃の話していた初音姐さんだった。 初音は進藤を部屋に上げて、話をじっくり聞き、協力しようと言ってくれた。
「梅野様はきっぷがよくて、芸者仲間での評判がとてもよいお方なんですよ。 その梅野様の御用であれば、なんなりと」
「ありがたい。 で、さりげなく山田の殿と引き合わせたいのだが、いつが空いとるか?」
 初音は小首をかしげるようにして、ふと微笑んだ。
「進藤様もさすが梅野様の秘書をおやりなさるだけあって、気配りのよいこと。 私の都合にあわせてくださるんですね」
「売れっ子なのじゃろ? 当たり前のことだと思うが」
「それでは。 年末なのでずっと詰まってはいますが、明日の夜なら不義理ができます」
「よし、三十日だな。 よろしゅう頼む」
「はい」
 初音の私室に通されたということで、帰りはうって変わって女中たちが愛想よく見送りに来た。 それだけ初音は大物らしい。 山田の殿をうまく手玉に取ってくれそうで、進藤はひとまず胸を撫で下ろした。

 『なつゆき』に取って返すと、亀岡には人力車を呼んで既に店を送り出したという話だった。
「いろいろ世話になった。 これは迷惑料だ」
 懐紙に包んで用意した金を、進藤は綾乃に渡そうとした。 だが、綾乃はどうしても受け取ろうとせず、進藤が再度差し出すと、いたずらっぽい目つきになってこう言った。
「それでは、近くに来られたときにお寄りになってください。 またお顔を見せて、綾乃を喜ばせてくださいな」
 意表をつかれて、進藤はたじろいだ。
「え、わしが? ただの土佐っぽぞ。 遊びなど何も知らんし、金もありゃせん」
「そこがいいんじゃありませんか」
 綾乃はころころと笑い、優しく進藤の手を押し戻した。
「どうか、そんなものしまってください。 お待ちしてますからね。 本当の本気ですよ」



表紙 目次文頭前頁次頁
背景:White Wind
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送