表紙

面影 88


 二人が向かったのは、料亭が建ち並ぶ赤坂の、さらに奥まった地域だった。
 小路を歩きながら、亀岡が説明した。
「場末では女に品がなかろう。 やはり柳橋かこの辺りでないと、上物は見つからんと思う」
「午前中から芸者か?」
 まったく興味のない様子で、進藤はろくに脇見もせずに足を運んでいた。 その横顔を、亀岡は面白そうに見た。
「だから、お主のためだと言ったろう?
 梅野閣下のご計画はな、お主の細君にできるだけよく似た女性〔にょしょう〕を粋筋の中から見つけて、山田の殿様にあてがおうというものなんだ」
「ああ、なるほど」
 それはうまい考えだと、進藤も思った。 玄人の女性なら、強引なくせに世間知らずな山田主永介〔もんどのすけ〕を手玉に取って、おとなしくさせておくことができるかもしれない。


 最初に行った置屋では、まだみんな起きてきたばかりで、人前に出せる顔ではないと、断られた。
「昼過ぎからお湯屋に行って髪を結い上げて、夜のお座敷に出るんですよ。 いくらなんでも早すぎます」
 女将に笑われて、亀岡は頭をかきながら表口から出てきた。
「確かに早いな。 だが、夜まで待っていると売れっ子は出払ってしまうし。 どうしたものかな。 射的場でも行って時間をつぶすか」
「江戸、おっと東京は、茶屋にも美しい女子が多いそうじゃき、行ってみるか?」
「そうだな。 鈴ケ森小町とか美人番付に載っておったな」
 亀岡も乗り気になり、四つ角で向きを変えて歩き出したところを、足元にビシャッと何かがはねかかった。
 進藤が首を回すと、そこには片手に桶を、もう片手に柄杓〔ひしゃく〕を持った娘が立ちすくんでいた。 そして、進藤と目が合ったとたんに首を縮め、泣きそうな声で詫びた。
「すみません、濡らしてしまって」
 進藤は鷹揚にうなずいたが、亀岡は顔をしかめて、黒っぽく染みの広がった革靴を見下ろした。
「革には水気が禁物だ。 気をつけろ!」
「申し訳ございません」
 身を揉むようにして、少女はますます小さくなった。
 そこへ、裏口のほうから軽い下駄の音が近づいてきて、爽やかな声が尋ねた。
「うちの者が不始末をいたしましたか? まあ、この寒さというのにおみ足を濡らしてしまって。 どうぞうちで乾かしていってくださいまし。 どうぞこちらへ」
 進藤は、大したことはないと断ろうとした。 だが、後から出てきた女の顔を目にしたとたん、絶句した。




表紙 目次文頭前頁次頁
背景:White Wind
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送