表紙

面影 84


 道の端に置かれた縁台にずらりと並んで、四人は壷焼きを食べ始めた。
 最初は貝の見かけがなじめなくて、串を持ったままためらっていたゆき子だったが、お明が口を大きく広げてかぶりつくのを見て、ためしに先をちょっと噛んでみた。
 とたんに彼女が驚いた表情になったため、お次は笑い顔になった。
「どうです? 見た目と違ってそりゃあおいしいでしょう?」
「ええ」
 ほのかな甘味のある歯ごたえのいい味わいは、内陸育ちのゆき子には珍しく、喉を過ぎてもまろやかな後味が残った。

 食べ終わって立ち上がるとすぐ、お明が伸びをして、三間ほど離れた小屋を指差した。
「あのだんだら幕、見世物小屋ですよね。 ちょっくら見てきていいですか?」
「ならん」
 進藤はそっけなく言った。 そして、お明が肩を落としかけたときに、目を光らせて後を続けた。
「一人じゃならん。 わしらも行く」
 大喜びで、お明は歯を見せて笑った。

 四人がまた小さな塊を作って歩き出したとき、ゆき子の近くを飴売りが、袖をかすめるように行き過ぎた。 横に三味線を抱えた女がいて、その伴奏に合わせて良い声で歌いながら通っていく。
「よかよか飴屋さんにゃ誰がなるよ〜
日本一の道楽者よ〜」
 飴…… ゆき子は目を細め、耳を澄ませた。 過去を覆い隠している幕が揺れ、ぼんやりした面影が遥か彼方に浮かんだ。
 見られている気がする。 熱い火矢のような視線が、人ごみを越えて迫ってくる。
 だれ……?
 ひたと自分を見つめるきれいな眼が、記憶の中にぱっとひらめいた。 ゆき子は息を呑んだ。 
 い……
 名前が記憶からこぼれ出しそうになった瞬間、突然に周りの空気が変わった。 町人たちは体を縮めるようにして道を開け、その奥から黒い制服の男たちが数人、こちらを目指して進んできた。



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