表紙

面影 74


 女が気を失っている間に、進藤と名乗った土佐の武士は帰ってしまった。 後で目覚めた女の横に、金の包みが布団にくるんで隠してあったところを見ると、行ないが正しく、しかも用心深い性格の男らしかった。

 誰もいないときにこっそり数えた金子〔きんす〕は、三百両以上もあった。 女は途方にくれた。 こんな大金を持って、しかも年寄りの言う話だと、遺体を捜し歩いていたらしい。 何がなんだかさっぱりわからなかった。

 翌日から、女は体を動かす訓練を始めた。 最初は立っただけでふらついたが、若さがものを言って、三日後には階段を上れるまでになった。
 四日目に、女は麦飯と沢庵という簡素な朝食の後、トメという名の年寄りの前に手をついて言った。
「お世話になりました」
 トメはびっくりした。
「どこへ行く? まだ何も思い出せんのじゃろう? ゆっくりしていきなされ。 進藤さんから世話賃を受け取っとるし」
「その、戸ノ口原というところに行ってみます。 そうすればきっと何か思い出せるでしょう」
「あそこは立ち入り禁止だ」
 トメはきっぱりと女を押し止めた。
「一度ならず二度も入り込んだら、今度こそ命はないぞ」
「それでは」
 半泣きになりながら、女はトメににじり寄った。
「詳しく教えてください。 ここはどんな土地で、何が起きたのか。 私は何のためにその戸ノ口原に行ったと思われているのか」
 トメは目を伏せ、ぽつぽつと話し出した。 語りは半刻にも及んだ。


 トメが久作という子供を走らせて知らせたのだろう。 夕方には馬の蹄の音がして、進藤が再び女を訪ねてやってきた。
 野良着をきちんと着た女を見て、進藤洋一郎は少し戸惑った様子だった。
「元気になったな」
「見た目だけは」
 固い口調で答える女にじっと視線を当てながら、進藤は持ち前の地味な声で言った。
「わしらの隊は江戸、ではのうて東京府へ引き上げることになった。 市中取締隊が不足して治安が悪くなっとるらしい」



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