表紙

面影 67


 座敷に相対して座ると、お幸は一番訊きたかったことを喉から搾り出した。
「林田家の消息を聞いていないかい? どんな小さなことでもいい、知っていたら教えておくれ」
 留次の視線が揺れた。
「旦那さんと弟さんの居場所はわかりません。 お侍たちはあちこち散らばって戦っておられたので、訊いて回ってもなかなか消息が掴めないんです。
 ただ、あの……大奥様は城内で命を落とされたそうです」
 お幸は息を呑んだ。

 頭の隅では予感があった。 毅然とした様子で城門に吸い込まれていった後ろ姿を思い出すたびに、不安が心をよぎったのも確かだった。
 だが、こうやってはっきり口にされると、衝撃は想像以上に大きかった。 町家の出で、至らぬ嫁だっただろうに、史絵は常にお幸を温かく見守り、広い心で接してくれた。 わずか一年足らずの同居だったが、何年も共に暮らしたお栄よりも遥かに慕わしく懐かしい存在となっていた。
 我慢できずに咽びながら、お幸は途切れ途切れに尋ねた。
「それで、ご遺骸は?」
「篭城中に亡くなった方々は城内の空井戸に葬られたそうで」
 そんな! お幸は嗚咽を押えられなくなった。 激戦中でやむを得ないとはいえ、井戸に折り重なって入れられてしまうとは……
 顔をうつむけ、声を落として、留次は続けた。
「それでも、ちゃんと埋められた仏様はいいほうなんです。 だんぶくろ共は、戦死したお侍に触ってはいけないと言い出したんです」
「どういうこと?」
 お幸はきっと顔を上げた。
「つまり、葬式を出しちゃならん、野ざらしにしておけってことで」
 吐き捨てるように、留次は呟いた。
 周りを囲む使用人たちから、一斉に怒りの悲鳴が上がった。
「ひどい! ひどすぎらあ」
「そうだよ! 人は死ねばみんな仏さんだ。 それを何という目に遭わせるんだ!」
「天子さまに刃を向けた逆賊は永久に許さん。 そう言っているそうです」
「自分たちだって京都で禁門に攻め込んだじゃないの。 あそこは天子さまのお住まいでしょう?」
 あまりの悔しさに、お幸は身もだえした。 勝てばどんな屁理屈でも許されるのか! 冷たい雨の中、野に山に、そして路傍に打ち捨てられた屍を思うと、煮えるような怒りがこみあげた。




表紙 目次文頭前頁次頁
背景:kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送