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面影 66
翌日の二十三日には庄内藩が、次の二十四日には南部藩が降伏し、東北での戦争はすべて終結した。
鶴ケ城が遂に落ちたという知らせを受け取ったときから、お幸は戻る支度を始めた。 まだ敗残兵狩りが行なわれているので街道は危険だと、名主夫妻は口をすっぱくして引き止めた。
「行商に行っていて命からがら逃げ戻ってきた徳さんの話だと、郭内の武家屋敷は丸焼けで、下町も三分の一は焼け落ちたそうだ。
お侍たちは捕虜としてあちこちにお預けになっているということだし、どのみち家族とは引き離されておられる。 今戻っては無駄足になる上、道中がはなはだしく危険だ」
「わかっています」
硬い表情で、お幸は言い張った。
「でも私は夫の無事を確かめたいんです。 どんなに激しい戦いでも、伊織様はきっと生き延びている。 そう信じています。 なぜって」
胸が詰まって声が震えた。
「あの人が夢枕に立たなかったから。 命を落としたのなら、必ず私に会いに来るはず。 別れを告げに来てくれるはずなんです」
名主の妻お三津が、そっと眼をぬぐった。
下男を様子見にやるから三日間待つように説得されて、お幸はじりじりしながら日を送った。
だが、二十六日の昼下がり、不意に坂口家を訪れたのは、戻ってきた下男ではなく、お幸のよく見知った顔だった。
お三津に呼ばれて、何事かと玄関に出たお幸は、そこに留次を見て思わず立ちすくんだ。
「留さん!」
笠を脱ぐ手もそこそこに、留次も懐かしそうに声を上げた。
「お嬢さん! よくぞご無事で!」
留次は桔梗屋の手代で、お幸が寮に隠れていたとき連絡係をしていた若者だった。 幸いにも桔梗屋一家はみな助かり、大町にある店も焼けなかったという。
「ただし、官軍の指令所に使われちまって、中はずいぶん痛みました。 檜の柱で軍刀の試し切りなんかする連中で」
座敷へ上がる時間も惜しんで、留次の話は続いた。
「でもなんとか出ていってくれたんで、あさって辺りから商売を始めようって算段してるんですが、その前に大旦那さんが、お嬢さんを探してこい、きっと故里に帰っているだろうからと」
急いで茶を運んできた小女が、そのまま廊下に座って話に耳をすませていた。 他の使用人も座敷を覗くようにして聞いている。 町がどうなったのか、みな知りたがっていた。
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