表紙

面影 58


 すぐにお幸は部屋に取って返し、三百両を風呂敷に包んで肩に背負った。 それから同じように百両をくるみ、隣りの小部屋で寝ていたおせきを揺り起こした。
「おせき、起きて。 ここを出るんだよ」
 はっと目を開けたおせきは、おびえた表情で囁き返した。
「どこへ?」
 百両の包みを渡しながら、お幸はせわしなく答えた。
「若松のお城へ。 でも、おせきはこれを持ってくにへ帰っておくれ。 今まで残ってくれただけでありがたいよ」
「何をおっしゃいます!」
 たちまちおせきの眉が逆立った。
「私はどうせやもめです。 故郷へ戻ったって遠縁の小作人しかいやしません。 だからお嬢さんについて参りますよ。 これが私の定めだと思って」
 感動で、お幸の目頭が熱くなった。 しっかりおせきの手を握ると、お幸は自分に言い聞かせるように言葉を継いだ。
「ではお城の追手門まで。 中にはたぶん武家の妻女しか入れてくれないから、そこで別れよう」
「お嬢さん!」
 おせきは口をだらりとさせて布団を素早く畳んだが、その目はみるみる赤く腫れあがっていった。


 お供は、長年仕えた下男の長八とおせきの二人だけだった。 金と着替え、身の回りの品、血止めの薬や包帯用の晒し布、それに先祖の位牌と護身用武器。 持っていける物は限られていた。 それでも両手に重く下げて、小さな一行は夜明けの街に出た。
 まだ通りは静かで、人影もまばらだった。 もう半時もすれば、朝食を終えた人々で賑やかになるはずだ。 空は低く曇り、糸のような雨が音もなく降りしきっていた。
 西へ歩いて、一行は城門にたどり着いた。 検問の兵は史絵に看護されたことのある顔見知りで、すぐに槍を引いて通してくれた。
 だが、続いてお幸も入ろうとすると、史絵の強い声が飛んだ。
「あなたはなりませぬ!」




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