表紙

面影 52


 如月(二月)の末になって、徒歩で帰路についた部隊の一部がようやく会津に戻ってきた。
 その中には、後から補充兵として行った誠吾の姿もあった。 左の二の腕に軽い負傷をしただけで無事だったが、その表情は見違えるほど暗くなっていた。
 お幸は喜んで誠吾を迎えた。 しかし、彼は以前のようになごやかではなく、兄嫁のお幸を避けているようにさえ見えた。 そして、暇さえあればふらりと外出し、ときには友達に支えられて戻るほど泥酔した。
 冬の町全体を灰色の影が覆っていた。 巷に笑い声が減り、子供たちまで怯えた様子を見せるようになった。


 弥生(三月)の初め、もう日常となった軍事訓練で家を留守にしていた誠吾が、血相を変えて座敷に飛び込んできた。
 お幸に鼓を打って聞かせていた史絵が、手を止めて顔を向けた。
「どうしました。 えらくばたばたと」
「すみません。 母上、大ごとになりました」
 そこまで一息にしゃべって、誠吾はちらとお幸に視線をくれた。 自分がいては話しにくいのかと思い、お幸が席を立とうとすると、すぐ史絵の声が飛んだ。
「かまいません、ここにいらっしゃい。
 誠吾、お幸もこの家の一員です。 何でも話してよいではありませんか」
「はい、ただ、余計な心配をさせてはと思いまして」
「蚊帳の外にしておくほうが、よほど不安ですよ。 さあ、お話しなさい」
 仕方なく、誠吾は畳に座って、膝に両の拳を置いた。
「間者が持ってきた情報なのですが、新政府軍が仙台藩に、奥州鎮撫の軍を入れたそうです」
「奥州鎮撫……」
 史絵は絶句し、鼓をゆっくりと台に置いた。 それは東北を力で攻め落とすという官軍の強い意志を表す部隊だった。
「ということは、仙台藩は新政府側についたという意味ですか?」
「恐らく。 ただ、下ってきた人数は、ざっと数えて五百から六百ほどしかいないそうですから、まだ準備を整えている段階かと」
「主な目的はこの会津なのでしょうね」
 史絵の眼が、一段と鋭くなった。




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