表紙

面影 49


 伊織の言葉通り、世の中はほとんど変わらなかった。 何といっても幕府は日本の隅々まで統治の網を張りめぐらしており、各藩の信頼もまだまだ厚かったので、帝という頂点を据えただけで、このままの状態が続くのではないかと思われた。

 だが、年の瀬になって、衝撃的な知らせがもたらされた。 守護職として京都を守ってきた容保公が解任されたというのだ。
 さすがにこの知らせには、会津中が肩を落とした。 しかも、公武合体で意見が一致していたはずの薩摩藩が、いつの間にか攘夷派の長州藩と手を組んで、軍艦で京都目指して上がってきているという。 この背信は、徳川幕府の親藩として忠誠を尽くしてきた会津藩に、暗雲をもたらすものだった。

 落ち着かない年末ではあったが、お幸の周りにはまだ新婚の華やぎが残っていた。 正月向けに新しく仕立てた着物を、実家にあたる矢柄屋から康助が届けに来て、懐かしく話しこんだりもした。
「あら、月代〔さかやき〕がついて立派になったねえ」
「おかげさまで手代になりました。 はい、これがお届け物です。 おかみさんからの心遣いで、武家のお内儀らしく地味な小紋になすったそうで」
 お幸は目を見張った。 婚礼の席で気まずく別れて以来、消息も聞こえてこなかったのだが、まだ気にかけてくれていたことがわかって、ぱっと心が明るくなった。
「まあ嬉しい。 おっ母さんにお幸が心から有難く受け取ったと伝えておくれ。 それから、ちょっと待って」
 奥から封をした小判を箱に入れ、風呂敷でくるんで持ってくると、康助には別に使い料として金包みを渡して頼んだ。
「これをお年賀に、おっ母さんにね」
「はい。 お気遣いありがとうございます。 それではよいお年を」
 万事承知という顔で、康助は茶を一杯呑み干すとすぐ、帰路についた。

 入れ違いに、伊織が城から戻ってきた。 玄関からではなく、いきなり台所口から覗いたので、うきうきと着物を持ち上げていたお幸はびっくりして胸に手を当てた。
「あ、お帰りなさいませ!」
「ただいま。 今そこの角で、見た顔とすれ違った。 あれは確か、飯坂でお幸に付き添っていた丁稚じゃないか?」
「ええ、矢柄屋から届け物を持ってきてくれたんですよ」
「それはよかった。 一足早く正月が来たような顔をしているね」
 笑いを含んだ声で言いながら、履物を脱いで上がってきた夫に、お幸はそっと寄り添った。
「新しい年に着る着物です。 似合うといいのだけど」
「似合わなくても中身がお幸なら、わたしは構わないよ」
「私も、あなたさえ傍にいてくれれば」
 小声で愛の言葉を返した後、お幸は照れて夫の短い袖を持ち上げて顔を隠してしまった。




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