表紙

面影 45


 誠吾は、あまり兄に似ていなかった。 愛敬のある丸顔で、目が大きく、驚くほど長い睫毛をしていた。
「母はわたしに任せてください。 姉上こそお疲れでしょう。 お紺に案内させますから、別間でお召し替えを」
 若いのに何と気配りのいい若者か。 お幸はびっくりすると同時に気まりが悪くなった。 年若といってもお幸より二つ三つは上に見える青年に、姉上と呼ばれてしまったのだから。
 急いで頭を下げると、お幸はおせきに手を取ってもらい、お紺というらしい使用人に先導されて廊下に出た。

 夜着に替えて紐を結ぶと、鼓動が激しくなってきた。 お幸はおせきににじり寄るようにして、小声で訴えた。
「胸がどきどきしている。 右も左もわからないんだもの。 ねえ、おせき、こういうときはどうしたらいいだろうねえ」
 苦笑に近い笑顔になって、おせきは慎重に答えた。
「知らない強みっていうのがありますよ、お嬢さん。 すべて旦那様にお任せすればいいんです。
 それにしても、普通は母親が婚礼荷物に枕絵の一つぐらい忍ばせておくものなのにねえ」
 後半の言葉は独り言だった。 義理とはいえ、お幸の嫁入りに何の祝福も与えず、相談にも乗ろうとしなかったお栄に、おせきは怒りを感じていた。

 寝支度のできたお幸は、奥の間に案内された。 黄色い行灯の光が、ぼうっと寝具を照らしている。 並べて敷かれた布団を、お幸はまともに見ることができなかった。
 間もなく、襖が開く音がして、伊織が静かに入ってきた。 お幸の心臓は大波に揺られた小舟のように、喉元まで届かんばかりに飛び跳ね出した。
 伊織は、小さくなって座っているお幸の正面に膝を折り、端正な仕草で正座した。
 それから、わずかに上ずった声で口を切った。
「わたしの元に来てくれて嬉しい」




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