表紙

面影 27


 ふうっという、吐息とも忍び音ともつかぬ音が路地裏に響いた。
 伊織は足を一歩進め、鮮烈な光をたたえた目でお幸を見つめた。 その輝きがあまりにも強かったので、お幸はたじろぎ、瞬きした。
「それで、この会津に?」
 本当はそうではなかったが、説明すると長くなりすぎる。 お幸はゆるりとうなずいた。
「はい」
「また会えますか?」
 声が熱を帯びた。 とたんにお幸は後先考えずに答えてしまった。
「はい!」
 おせきが心配そうに身じろぎする前で、伊織は更に一歩進み、手を伸ばせば触れる近さまで来た。
「ここは寂瑛寺〔じゃくえいじ〕というお寺です。 境内が広いため、あちらの隅で待ち合わせればまったく人目につきません」
 そこで若者の引き締まった顔に、思いがけないほど無邪気な微笑が浮かんだ。
「今日は不意に出会ったので、あがってしまってほとんど何も口から出てこないのです。 心の準備を整えてきます。 だからまた、会ってください」

 まっすぐな言葉だった。 気負いはいくらかあるが、てらいはない。 彼は、お幸の夢見ていたとおりの人だった。
 片手をそっと胸に置いて、お幸は尋ねた。
「いつ、ですか?」
 伊織の顔が、一段と明るさを増した。
「ええと、あさっての申の刻では?」
 午後の七つ時だ。 食事時間以外は一日中暇をもてあましているのだから、お幸が困るはずはなかった。
「申の刻ですね」
「忘れずに」
 思わず付け加えた後、伊織は照れて、軽く目をこすった。  



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