表紙

面影 24


「お嬢さん、お幸さま、どうなすったんです? 人いきれで気分がお悪くなったんですか?」
 おせきに軽く揺さぶられたとたん、お幸はぎくっと正気づいた。 五瀬〔ごのせ〕……五瀬通りって……
「ねえ、おせき」
 不意に改まった口調で話しかけられて、おせきは戸惑った。
「はい、何でしょう」
「あんたを忠義者と見込んで頼みがある」
 おせきは顔を引き締めた。
「どういうことでございますか?」
 そっとおせきの手を取って、お幸は行き交う見物客から離れ、路地の外れに身を寄せた。
「これから男の人に会いに行く」
「ええっ!」
 仰天したおせきの手を素早く両手で包んで、お幸は説得にかかった。
「やましいところはないよ。 初めて口を聞く人なんだ。 でもね、ずっと前から心にかかっていて、忘れようにも忘れられなかった」
「お嬢さん、それは……!」
「道に外れたこと。 確かにそうさ。 でも、あんたに言わないで一人で行くこともできたんだよ。 そっちのほうがずっと道に外れたことだろう?」
「でも……」
「何もしない。 たぶん手も触れない。 ただ話を聞くだけ。 だから、ついてきておくれ。 お願いだから」
 頼みこむお幸の眼は光っていた。 これは並みの思い込みようじゃない、と、おせきは気付いた。 無理に仲を裂けば、清次郎の二の舞になってしまうかもしれない。 話してくれた分、手のうちようもあろうというものだ。
 おせきはやもめで、人生の楽も苦もよく知っていた。 だから、若い情熱に水をかけると更に燃え上がってしまいがちだということもわかっていた。
「……承知しました。 で、どちらへ行かれるんですか?」
 たちまちお幸の顔に喜色が走った。



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