表紙

面影 16


「そのことを清次郎さんに話したんですか?」
 詰問されて、お栄はますます青ざめ、落ち着きを無くした。
「あの……この店に来る前、ほんとに跡目が務まるのかと自信のない様子で言うもんで、つい株を押えてるから大丈夫だと……」
 由吉の唇がぴくぴくと震えた。
「あんまりだ。 おかみさんご自分が何をなすったか、わかっていらっしゃるんですか? あいつらはどんなことでも……」
「どうした。 店の外まで大声が聞こえるぞ。 たまたまお客さんがいないからって、店の者同士で聞き苦しい」
 寄り合いに出ていた治助がようやく戻ってきた。 一斉に雇い人たちが駆け寄り、事の次第を説明した。
 たちまち治助の目つきが鋭くなった。
「惣兵衛に若狭屋の朝三郎だな。 若狭屋のほうはすぐに調べられる。 しかし、お嬢さんを狙っているとすると」
 治助は人々を見回した。
「お嬢さんは?」
「長唄のお稽古に」
「良治〔よしじ〕、それに五平〔ごへい〕、お迎えに行きなさい。 そして、いつもと違う道を通って帰ってくるんだ。 店を守るには、まずお嬢さんを守らなきゃ」
「へいっ」
 二人は大急ぎで履物をつっかけ、日の傾いた戸外へ飛び出していった。


 半刻後、無事に戻ってきたお幸を交えて、奥の座敷で作戦会議が開かれた。
 治助は深刻な顔をしていた。
「盗み出した株札を買い取ったからって、すんなり商売仲間に入れるものじゃありません。 盗難を番所に届けておきましたから、お裁きが出るまでしばらく時は稼げます。
 ただ、若狭屋のドラ息子が本気だとすると、厄介なことになりそうです。 三男坊で家が継げないので、お嬢さんの婿としてここに居座りたいんじゃないでしょうか」
 お栄は哀れなほどしおれて、何度も襦袢の袖口で目を拭っていた。



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