表紙

面影 11


 二度、三度とそれをやられて、どうにも気になり、お幸〔ゆき〕は土間に下りて店の表を覗いてみた。
 そこには、若い娘が立っていた。 年の瀬だというのに足袋〔たび〕もはかず、素足にちびた下駄を突っかけている。 着物も粗末で、ところどころにつぎが当たっていた。
 娘は、庇〔ひさし〕に体を隠すようにして、赤くなった両手に息を吹きかけていたが、お幸に見られているのに気付くと、挑むような目つきで見返してきた。 そして、ぶっきらぼうに尋ねた。
「清次郎さんは?」

 お幸は強く胸を衝かれた。 この貧しい身なりの娘は清次郎の知り合い。 そして、なりふりかまわずに追いかけてきた。 前が見えなくなるほど彼に惚れているから。 そうとしか考えられなかった。
「番頭さんのお供で、今日はお武家様の屋敷町を回っているわ」
 娘の表情が変わり、困ったような顔つきになった。 きっとお幸に冷たくあしらわれると思ったのだろう。 それが穏やかな返事をもらったため、急に身の置き所を無くしたようだった。
 娘は小声で呟いた。
「それならいいんです」
 小走りに去ろうとした足が引っかかった。 鼻緒が切れて、道の横に積み上げられた雪の上に下駄が飛んだ。
「店に入って、すげてお行きなさい。 端布を持ってきてあげる」
 素早く言って、お幸は娘を上がりかまちに座らせ、丈夫な木綿布を出してきて渡した。
 急いで直そうとして二度も穴に通しそこね、ようやく不格好に結び直して、娘は下駄を履いた。 そして、うつむいたまま礼を言った。
「ご親切に」
「清次郎さんが戻るまで、奥で待つ?」
「いえ、とんでもない!」
 ようやく逆上がさめた様子で、娘は激しく首を振った。
「こんなところまで押しかけてきてしまって、私、どうかしてました」
「事情がおありなんでしょう? せっかく遠くから来なさったんだから、話をしていったほうが」
 娘は軽く足を引きずっていた。 相当の距離を歩いてきたものと思われた。



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