表紙

面影 108


「七年前のゆき子さんがか? まだこんまい年頃じゃろに」
 少し興味を引かれた様子で、進藤が尋ね返した。
「確かに体は小さかった。 だが、心根は途方もなく大きく見えた。
 幸と初めて顔を合わせたのは、八幡祭の日だった。 その祭で、わが故郷では屋台が一番乗りを競い合うのだが」
「ああ、わしらの国にもある。 屋台とは言わず、神輿と呼ぶがな」
「その日、わたしはひとりで屋台の上に残されてしまった。 町へ来たばかりの余所者だし、無愛想で嫌われていたからだ」
 低い声は淡々と続いた。
「兄は秀才で、殿の覚えもめでたく、弟は愛敬があって皆に好かれていた。 いてもいないと思われるほど目立たぬ子だったわたしは、それでも兄の尽力で、遠縁の家へ養子に行かせてもらい、部屋住み(=無職)にならずにすんだ。
 だがわたしは人見知りがひどく、なかなか自分から打ち解けることができなかった。 それで、高慢ちきな奴と思われ、毛嫌いされていた。
 周りが落ちたふりをして屋台を降り、一人きりにされたとき、本当に情けなかった。 戦えと棒まで渡され、逃げるに逃げられず。
 そんな針のむしろで、幸と目が合った」
 声が途切れた。
 しばらく無言が続き、進藤のほうがしびれを切らして催促した。
「そいで?」
 男はふっと笑った。
「妙な具合だな。 こんな打ち明け話は、弟にもしたことがない。 それを、戦った相手に語っているとは」
「かまわん。 聞かせてくれ。 どうせこのまんまでは眠れん」
「それではまあ、聞き流してくれ。
 騒ぎの中で、幸だけが真面目にわたしを見ていた。 拳を握りしめ、必死でわたしを応援してくれていた。
 なぜかわからない。 おそらく判官びいきか、子供らしい正義の心からだろう。
 だが、わたしには百人力だった。 みんなに嫌われても、この子だけは味方だ。 この子一人のために、力を尽くせるところまで頑張ろうと決めた。
 そうしたらな、本当に力が出た。 気がつくと、、棒一本で屋台を守りきっていた。

 とたんに、周りの目が変わった。 いらんと言うのに、わたしを担いで騒ぎ回った。 勇気を褒められ、あっという間に友達や知り合いが増え、養子先でも一目置かれるようになった」
「まあ、それだけのことをすりゃあな」
 ザッと座りなおす音がした。
「できはしなかった。 もし、もしだ、あのとき、幸がいなかったら。
 あの出会いがなかったら、間違いなくわたしはとうに放逐され、今ごろは場末の外道〔げどう〕になり果てていたはずだ」
 端正な口調でそう言われて、進藤は唸った。
「おまんが極道になるとは思えんが、救うてもろたんはほんまじゃな。
 ものには頃合があると、父親がよう言っとった。 天の理、地の時が、ぴたりと合うとったんじゃろう」




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