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55 娘の反応は


「モンルー侯爵夫人ですって? 何百年も続く旧貴族の名門の?」
 驚きのあまり高くなったイヴォンヌの声に、ミレイユはうつむきながら頷き返した。
「そうです」
「じゃ、貴女も貴族なのね?」
「ええ……伯爵の娘です」


 イヴォンヌは頭痛がしてきて、思わず額を押さえた。 なんと、アブラーム親分ともども、貴族のお家騒動に首を突っこんでしまったらしい。
「たぶん一人娘なんでしょう? あなたを邪魔な親戚が、あっちこっちにいるというわけね」
 今度は答えはなかった。 イヴォンヌはすぐに心を決め、アンリエットに顔を向けた。
「じゃ、ただちに侯爵夫人に手紙を書くわ。 リリ、ちょっとおいで。 それからミレイユさん、あなたには食事を運ばせるから、ちゃんと食べること。 これからも何が起こるかわからないんだから、元気にしておかないと」
「はい!」
 低い声ながらはっきりと、ミレイユは答えた。


 しっかりと娘の肩を捕まえたまま、イヴォンヌはミレイユを入れた部屋に再び閂をかけ、廊下を早足で歩いて自分の事務室に向かった。
 広い部屋に押し込まれたアンリエットは、片方の壁を埋め尽くした自分の絵日記を見て、目を丸くした。
「うわー」
「本当にリリを大切に思ってるって、これ見たらわかるでしょう?」
 イヴォンヌの声には、どことなく力がなかった。
「でも、あんたの年になればもうわかると思う。 ママはリリにずっと隠し事をしてた。 ここはね、世にいう、いわゆる『いかがわしい場所』なの」
 アンリエットは直接答えず、紙を張り巡らした壁の前に行って、自分の描いた絵に触れた。
「これがミレイユだよ〜。 私の後ろに座ってたの」
 絵にちらっと目をやってから、イヴォンヌは告白を続けた。
「水商売ともいうわ。 この仕事は、人に嫌われるの。 特に、ちゃんとした家庭を持つ奥さんには。
 だから、リリにいいお婿さんを見つけられないの」
 そこでアンリエットは、壁に背を向けて振り返ると、まっすぐ母の目を見つめた。 その視線には、戸惑いや哀しみの色はいっさいなかった。
「それで、ばれないように気を遣ってくれたのね」
 イヴォンヌが想像もしなかった優しい声で、アンリエットは言った。
「でもお父さんお母さんは知ってるんでしょう? それに、オードラン酒店の雇い人の人たちも」
 イヴォンヌは言葉に詰まった。 確かに彼らは知っている。 そして、一致団結してアンリエットを守っていた。
 アンリエットはじっくり考えながら、次の言葉を発した。
「いいお婿さんって、何だろう。 ミレイユは結婚を断ったって。 きっと相手は家柄のいいお殿様か、若様なんだと思う。 でもミレイユは、その人が嫌だった」
「リリ」
 イヴォンヌはどきっとして呼びかけた。
「私は何も、あんたに甘やかされた金持ち息子を押し付けるつもりはないわ」
「でも財産や育ちで選びたいんでしょう?」
 アンリエットは静かに尋ねた。
「そういう条件が揃っていて、その上人柄がよくて私を愛してくれて、ママも大事にしてくれる。 そんないいとこだらけの男の人なんて、いるかな」
「リリ!」
「私はママを大事にしてくれる人じゃなきゃ、嫌だ!」
 アンリエットは、焦ったイヴォンヌに勝る大声で、きっぱりと叫び返した。








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